レボジェ―ド・デ・ラ・トッレ聖堂 ②

                                 2016年7月14日


 レボジェ―ドの聖堂の彫刻は、ある意味個性的である。「スペインのロマネスク教会」の記述によれば、ここの彫刻は『非常にデリケートな表現』が特徴とある。そのことはロマネスクの特色というよりゴシック的。彫刻の大半が13世紀初めごろの作ではないかとみるのは、ロマネスクからゴシックへの過渡期を感じたため。
 想像だが、青年期にピアスカのサンタ・マリア聖堂で典型的なロマネスク彫刻を刻んでその名を高めたマエストロ・ファンは老成して、ここレボジェ―ドで繊細なゴシック風彫刻を残したのではなかろうか。
 繊細な表現といえば、ネット上のロマネスク・ガイド「ほあぐらロマネスク」のレボジェ―ドの項にギャラリー西側にあるロマネスク窓周辺の彫刻のことが出てくる。これも撮影した。
 また、この記事の画像は、軒下の持ち送り彫刻を撮影したものが多い。日本人訪問者の記事ではとくに指摘してはいないが、ここの持ち送り彫刻・図像のオリジナリティーは高い。ギャラリーの柱頭彫刻、ロマネスク窓・内側周辺の彫刻、持ち送り彫刻、そのいずれもが類型を排して個性的。その彫刻の傾向は、私がもっとも好むものではないが、自分のすべてを残そうとする工匠(ピアスカのマエストロ・ファン)の思いのこもった彫刻群になっている。
 それが小さな村の自然の風景の中にある。彫刻はすべてオリジナルでレプリカはなく、多分補修さえない。そのため撮影に耐えない彫刻もあるが、それもよし。夏の陽射しの午後で、村は人影もまばらだったが、充足感をもって来た道を引き返した。



 柱頭彫刻 ① ギャラリー・アーチのものではなく、外壁・付け柱の上、軒下の柱頭彫刻。 

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            柱頭彫刻 ② 同じく付け柱のもの。

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         持ち送り彫刻 ① ヨーロッパの食物連鎖は動物的

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                   持ち送り彫刻 ② 

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                   持ち送り彫刻 ③ 

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         持ち送り彫刻 ④ これは植物ではなく動物だと思うが、はて?

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                     持ち送り彫刻 ⑤ 

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                     持ち送り彫刻 ⑥ 

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                     持ち送り彫刻 ⑦ 

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                     持ち送り彫刻 ⑧ 

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                     持ち送り彫刻 ⑨ 

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                     持ち送り彫刻 ⑩ 

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                     持ち送り彫刻 ⑪ 

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                     持ち送り彫刻 ⑫ 

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                     持ち送り彫刻 ⑬ 

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                      持ち送り彫刻 ⑭ 

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                      持ち送り彫刻 ⑮ 

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                       持ち送り彫刻 ⑯ 

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                       持ち送り彫刻 ⑰ 

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                       持ち送り彫刻 ⑱ 

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            ロマネスク窓・内側周辺の彫刻 主題はアダムとイヴらしい。

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              ロマネスク窓・内側周辺の彫刻 こちらがアダムか。

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          ロマネスク窓・内側周辺の彫刻 こちらがイヴだと思う。

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    南ギャラリー(ポーチ)の奥、これが聖堂本体の扉口 扉口そのものは修復?

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 聖堂本体の扉口柱頭彫刻  この彫刻だけがプリミティブな魅力をもつロマネスクになっている、どういうことだろう。

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レボジェ―ド・デ・ラ・トッレ聖堂 ①

                                 2016年7月14日

   
 櫻井・堀内著「スペインのロマネスク教会」によれば、この教区教会で創建時の姿をとどめるのは、南側のポーチ式ギャラリーで、他の部分は後の改造・増築であるそうな。そして、その扉口でもある南ギャラリーにこそ彫刻は集中している。
 めずらしいことに、聖堂には碑文が刻まれ創建年号や由来がわかっている。起工は1186年、完成は1224年のようだ。南ギャラリー彫刻群の作者は「ピアスカのマエストロ、ファンによって作られた。」と刻まれている。
 もっとも私は、碑文があることは知っていたのだが、「ギャラリーに面した裏側の壁」という位置をメモして来なかったため、見つけることはできなかった。
 碑文に云う「ピアスカ」は、カンタブリアにある村の名で、ピコス・デ・エウロパの山々が見える高原の町ポテスに近い。ポテス近くのサント・トリビオ・デ・リエバナ修道院を訪ねたとき、ピアスカのロマネスク聖堂の存在を偶然知り、実際に見に行った。
 すなわち「ピアスカのファン」とは、ピアスカ生まれということもあるかもしれないが、「ピアスカの聖堂彫刻でその名を知られるようになったファン」という意味が強いのだと思う。
 とすると、ピアスカとレボジェ―ドは同じ工匠の彫刻ということになり、その作風は類似していそうなものだが、ことはそれほど簡単ではない。櫻井本では「類似性が顕著」としているのだが、私はブログ内検索の欄にピアスカと入力して、かって撮影したものと比較検討してみた。両者に類似性は薄い。ピアスカは端正で力強く、レボジェ―ドは繊細・流麗だが線は細い。作風は異なる。では工匠も違う人物かというとそこが難しい。芸術家の一般的傾向として、若い頃は端正で力強く、高齢になると力強さは失われるが繊細さや深みは増す傾向がある。
 結局、私はピアスカとレボジェ―ドは、(作風は異なるが)同じ工匠の彫刻群と判断した。レボジェードは碑文を残すぐらいだから、ファン後期の集大成として心血を注いだ彫刻群なのだろう。
 ブルゴスの西の外れの僻村に、約800年前の優れた彫刻をもつ聖堂が、何の案内板もなく静かに立っている。そんなところが、スペイン・ロマネスクの奥深さ、魅力。
 

           正面(南側)から見るレボジェ―ド・デ・ラ・トッレ聖堂

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 正面(ファザード)扉口  扉口の左右にはアーチが並んでいる。ということは柱頭彫刻も並んでいる。

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        アーチは扉口の左側に3+4で7つ、右側に3つ。(これは左側) 

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               広いギャラリ―内側からアーチ群を見る 

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              ギャラリーの柱頭彫刻 ① 

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          ギャラリーの柱頭彫刻 ② ①の右部分・拡大図

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          ギャラリーの柱頭彫刻 ③ ①の左部分を左側から撮る

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                ギャラリーの柱頭彫刻 ④ 

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             ギャラリーの柱頭彫刻 ⑤ 

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     ギャラリーの柱頭彫刻 ⑥  頭部が人、身体が怪獣のこの彫刻も秀作の一つ。

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      ギャラリーの柱頭彫刻 ⑦  ⑥をやや左寄りから撮影。

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     ギャラリーの柱頭彫刻 ⑧ ⑥⑦の右面(だったと思う)

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           ギャラリーの柱頭彫刻 ⑨ この彫刻も秀作だった。

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      ギャラリーの柱頭彫刻 ⑩ これがライオンを退治するサムソンか?。

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        ギャラリーの柱頭彫刻 ⑪ ⑩を近接で左側から撮影

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             ギャラリーの柱頭彫刻 ⑫ ⑩⑪の右面

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            ギャラリーの柱頭彫刻 ⑬ これも秀作

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       ギャラリーの柱頭彫刻 ⑭ オリジナルなのだろうか、彩色が残っていた。

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               ギャラリーの柱頭彫刻 ⑮ 

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               ギャラリーの柱頭彫刻 ⑯ 

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       ギャラリーの柱頭彫刻 ⑰ 植物文様も繊細かつ流麗

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アラール・デル・レイ周辺のロマネスク

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  フロミスタから列車に乗りアラール・デル・レイに着いた。午前11時半ごろだっただろうか。それでもフロミスタに引き返す列車まで6時間20分の行動時間がある。
 アラール・デル・レイは、アギラール・デ・カンポの南約30キロのところにある、村ではなく小さいながら町である。目指すレボジェ―ド・デ・ラ・トッレは北東方向に約10キロ(実際に歩いてみると約9キロだった)。歩き出しを間違うと大変なことになるので、町の東側でレボジェ―ドへの道を探る。
 すると、小公園にこの町を起点とするロマネスク・ルートの案内板があった。「Camino Natural del Romanico Palentino」、「パレンシア・ロマネスクを訪ねる自然探勝路」とでも訳すのだろうか。2泊3日行程(?)で、アギラール貯水池の南縁を通って西側に抜ける約100キロのルート。
 私の知らない数々のロマネスクがあり、大いに魅かれたのだが今回はパス。町の北側のガソリンスタンドで、北へ向かう国道N-611から東のレボジェ―ドへの分かれ道を聞くと、橋があるからそれを渡ってゆくとレボジェ―ドだ、と親切に教えてくれる。
 実際に3キロ余歩くと、それまで小さな分かれ道はあっても橋などなかったが、橋のかかったしっかりした分かれ道があり、しかも「レボジェ―ド 5,5キロ」の道標まであった。
 橋のかかる川はピスエルガ川。橋を渡ったところに、ここからはブルゴス県の表示。パレンシア県のアラール・デル・レイでレボジェ―ドのことが何も出ていないのは、他県の村ということもあるようだ。
 分かれ道から先は、田舎の一本道。1時間半近く歩いてレボジェ―ド村へ。村は僻村といっていいぐらい小さいが、聖堂は立派、扉口のある南ギャラリーには流麗なロマネスク彫刻が多数。
 天気のいい日で、無事撮影を終え引き返す。私も75歳、二度とこの道を歩くことはあるまいと思い、景色を味わいながら歩いた。聖堂のロマネスク彫刻群は次の記事で。  



 アラール・デル・レイの町にあった「Camino Natural del Romanico Palentino」=「パレンシア・ロマネスクを訪ねる自然探勝路」 1日目行程は、コスエロス・デ・オヘダとなっている。なお、このCaminoについてはYouTubuに動画がある。 

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    起点アラール・デル・レイ付近の地図  緑がCamino、青が途中まで私が歩いた国道。                

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 アラール・デル・レイの町を出たところにあった西への分かれ道の道標 19キロ西のSanta Eufemia聖堂のあるコスエロスは、Caminoの1日目の宿泊地。
              
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    Camino案内板のルート図とともに掲げてあった写真版の中でも目立ったSanta Eulalia礼拝堂  
              
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       位置はアギラール貯水池の西側で、Caminoの迂回路沿いにある。  
              
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アラール・デル・レイのCamino案内板ところから始まっている矢印 ルート沿いの主要な分れ道には、この矢印があるはず。 
              
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私はCaminoとは反対方向、数キロ北上して東を目指す。  分かれ道の橋のたもとにあったレボジェ―ドへの道標
              
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 橋の上から下を流れるピスエルガ川を見る。 左川岸付近の白いものは、石ではなく水草の花。
              
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 これは、その花をアラール・デル・レイ付近で撮影したもの。 川の流れがよどむところによく咲いていた。
              
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             橋を渡ったところにあったブルゴス県の表示 
              
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 ブルゴス県側の橋のたもとにあった廃屋(小さな廃村) 三階建ての立派な建物も含まれている。 

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                  これも廃墟だが、礼拝堂も。 

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                    レボジェ―ドへの一本道  
            
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         4,5キロ歩いてレボジェ―ド村が近づいて来た辺りの風景。 
              
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      村が見えてきた。左の細い塔が聖堂、右の太い塔が砦跡(?) 
              
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                     砦 跡(?)  
              
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                  レボジェ―ド・デ・ラ・トッレ聖堂  
              
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                     村の中の風景  

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  村の西側約300メートルのところにある砲台の形をした丘  岩盤が渦巻き状に露出していた。

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フロミスタ:サン・マルティン聖堂 ③・送り持ち彫刻 2

                              2016年7月13日


 
 この「送り持ち彫刻 2」の記事は、持ち送り彫刻だけでなく、外壁にあるロマネスク窓周辺の柱頭彫刻および付け柱の上にある柱頭彫刻も含んでいる。
 夕方、明日は東にあるカリオン・デ・ロス・コンデスへ歩いて行こうかなどと考えながら、公営アルベルゲの受付の辺りに立ってぼんやりしていると、私にとって有力な情報が眼にとまった。
 受付の後の壁に時刻表のようなものが貼ってある。よく見るとそれは「RENFE」の運行表で、バジャドリードを午前中に出てフロミスタを通過しサンタンデルまで行き、夕方バジャドリードまで引き返してくる一日一往復の列車のダイヤ。  
 列車は、フロミスタやアギラール・デ・カンポにも停まるが、アギラールの一つ手前の駅アラール・デル・レイにも停まる。
 アギラール・デ・カンポを訪ねた第一の理由は、できれば小村ロボリェ―ド・デ・ラ・トゥレのロマネスクへ行きたかったからだが、ちょっと遠すぎた。だが、アラール・デル・レイからなら持参の略地図によれば約10キロ、歩いて往復可能だ。
 往路のアラール・デル・レイ着午前11時過ぎ、復路のアラール発午後5時半過ぎ。その間約6時間の行動時間がある。10キロを2時間半で歩くとして、往復に5時間、ロボリェ―ド・デ・ラ・トゥレでの撮影を約30分とみて30分の余裕がある。
 フロミスタからサンタンデルへ南北に鉄道が走っているという知識は全くなかった。そのため、壁の運行表を見たときは、これは何だろうという感覚。そしてよく見ると、何ともありがたい列車便。
 そんなわけで、明日は列車と歩きでロボリェ―ド・デ・ラ・トゥレ訪問と決め、眠りについた。



                  持ち送り彫刻 ① 

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                  持ち送り彫刻 ② 
              
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                  持ち送り彫刻 ③ 
              
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                  持ち送り彫刻 ④ 
              
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                   持ち送り彫刻 ⑤ 
              
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                   持ち送り彫刻 ⑥ 
            
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                   持ち送り彫刻 ⑦ 
              
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                     柱頭彫刻 ② 
              
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                   持ち送り彫刻 ⑧ 
              
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                    持ち送り彫刻 ⑨ 
              
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                    持ち送り彫刻 ⑩ 
              
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                    持ち送り彫刻 ⑪ 
              
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                       柱頭彫刻 ③ 
              
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                    持ち送り彫刻 ⑫ 

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                     持ち送り彫刻 ⑬ 
              
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                     持ち送り彫刻 ⑭ 
              
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                       柱頭彫刻 ④ 
              
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                     持ち送り彫刻 ⑮ 

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                       柱頭彫刻 ⑤ 

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                       柱頭彫刻 ⑥      

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                     持ち送り彫刻 ⑯ 
              
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                     持ち送り彫刻 ⑰ 
              
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フロミスタ:サン・マルティン聖堂 ② 持ち送り彫刻 1

                           2016年7月13日


 
フロミスタの夕方の陽射しはまだまだ厳しいが、太陽は明らかに斜光線になっている。長方形のサン・マルティン聖堂のすべての壁面に斜光線が当たるわけではないが、持ち送り彫刻の数は多い。それにほど良い陰影がついて、今回がこれまでの撮影条件で最良。ついつい数多くのシャッターを切ってしまった。
 持ち送り彫刻などについて、池田健二著「スペイン・ロマネスクへの道」が述べるところを引用してみよう。
 「教会に近づいてゆくと、軒下の持ち送りや、窓の縁の柱頭を飾る、無数の浮彫りが見えてくる。やや深い軒を支える持ち送りの数は約300。そのすべてに動物、植物、人物、仮面などが刻まれている。その図像は多種多様であり、造形の完成度は高い。ハカから来た彫刻家の力作である。柱頭の浮彫も同じ工房の作品で、その質の高さには目を見張るものがある。」
 持ち送り彫刻は、宗教色が薄く、制作者の自由度が高く、面白いものが多い。見ていただくのは多数だが、それでも300のうちのわずかな数である。



 はじめは、現在は閉じられている西側のファザード扉口上部にある飾り持ち送り(モジョン)彫刻から。 

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                  モジョン彫刻 ①

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                   モジョン彫刻 ②

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                    モジョン彫刻 ③

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           モジョン彫刻 ④ 動物が牙をむいている(?)

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    モジョン彫刻 ⑤女が胸乳を出して反り返っているのではなく、くぼんだ眼の怪物の頭部かも。

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       モジョン彫刻 ⑥ 両側のものは腕それとも脚。

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         モジョン彫刻 ⑦  どこか不気味なところがある。

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持ち送り彫刻  聖堂本体・交差部の八角塔・翼廊・後陣など、その数は多い(多すぎる)。この記事は八角塔のものが多い。

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            持ち送り彫刻 ① 上の画像左側のもの。

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                      持ち送り彫刻 ② 

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                     持ち送り彫刻 ③

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                      持ち送り彫刻 ④

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                 持ち送り彫刻  ⑤

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                  持ち送り彫刻 ⑥

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                   持ち送り彫刻 ⑦

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                    持ち送り彫刻 ⑧

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      持ち送り彫刻 ⑨ 持ち送り①と同形の図像だが別物。

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                    持ち送り彫刻 ⑩ 

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                    持ち送り彫刻  ⑪

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                   持ち送り彫刻  ⑫ 

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                    持ち送り彫刻 ⑬

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           持ち送り彫刻 ⑭  ⑪と同形の図像だが別物。

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                     持ち送り彫刻 ⑮ 

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プロフィール

翁岳(おきなだけ)

Author:翁岳(おきなだけ)
若い頃、1970年から数年間屋久島の山に登っていた。現在はリタイアの年金生活者。ここのところ、毎年スペインの巡礼路を歩きロマネスクを見ることを楽しみにしている。趣味:テニス、陶芸、ヨガ、素潜り。

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