ジャネス:サンタ・マリア聖堂

                                      2016年7月4日


 
 ブエルナから先のジャネスに至る海沿いの道は、トレッキング・ルートであると共に「北の道」巡礼路の支線でもある景色のいい歩道。そんな道を10数キロ歩いてジャネスへ。
 ジャネスは古い港町。しかし、19世紀初めにはナポレオン軍の進攻により町が占領されたりして衰退傾向。海港都市としての機能も失われていったようだ。ウィキペディアを見ると、この町の周辺からは中南米への移住者が多かったという記述があるが、何となくわかる気がする。今の港には遊漁船が多く、町は少し活気がない。そんな寂れた感じも、旅人には旅情をそそる。
 泊ったのは街中のオスタル・アルベルゲ。古いしっかりした造りのオスタル。だが、巡礼者は増えつつあるので部屋に2~4台ベッドを入れて過半をアルベルゲ・タイプにしている、1泊15ユーロ。
 以前にも泊ったことのある町だが、町の教会サンタ・マリア・デル・コンセホの彫刻群を丁寧に撮影した。
 ゴシック期の建築。彫刻は、海辺の町のせいか風化が進んでおり、それが一つの味になっている。



 内陸部にピコス・デ・エウロパがあるせいか、沿岸には大小の川が海に流れ込む。その川口の入り江が港になったりするのだが、これは木の橋の架かった小さな流れ。  

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              ジャネスの小型船舶用の港 

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            小型船舶用の港も入り江の一部らしく奥が深い。 

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   港の先端の突堤から東を見ると、波の当たる断崖の台地にキャンピングカーが集まっている。 

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     町の中、港に近いところにある塔「 EL Torreon 」 昔の「物見の塔」か。

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    サンタ・マリア聖堂 扉口は2つあり、右側に見えるのは円形アーチの古い扉口。

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             円形アーチ扉口の柱頭彫刻(左) ① 

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           円形アーチ扉口の柱頭彫刻(左) ② 左側柱頭彫刻の全体図

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        円形アーチ扉口の柱頭彫刻(右) ③ 右側柱頭彫刻の全体図

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        サンタ・マリア聖堂:ファザード扉口 ポルタイユのある尖頭アーチ扉口

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          ファザード扉口 現在閉まっているが、通常こちらから入るようだ。

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                   ファザード扉口の柱頭彫刻 ①

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               ファザード扉口の柱頭彫刻 ② こちらは風化が著しい。

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 ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻 ① 彫刻は基本ゴシックだが、どこか面白味がある。


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                ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻 ②

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                ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻 ③ 

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                ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻 ④ 

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                 ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻 ⑤

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                 ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻 ⑥

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   昼食の一皿目は鶏肉のパエリアだった。 ジャネスは、今では地域の農牧業の中心地かもしれない。

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上の画像と同じく、昼食時のテーブル。 ボトル・ワインの他にビールを飲んでいる。ワインだけでは足りないときはビールも飲むが、どうしたんだろう?。
    
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ペンドゥエレスで泊り海岸へ

                                   2016年7月3・4日


 
 サン・ビセンテのアルベルゲを発つ朝、日本人オスピタレラAさんと話をした。最近、サント・トリビオ・ルートが復活しているらしい。サン・ビセンテを出て高原の町ポテス近郊のサント・トリビオ・デ・リエバナ修道院へ行く道。2泊3日か3泊4日の短い巡礼路である。
 4年前(2012年?)に歩いたときは、ほとんど廃道で途中にある2つの公営アルベルゲも閉鎖状態だった。そのうちの一つ(サン・ビセンテに近い方)に、ここでオスピタレロとして修業した男性が常駐しているとのこと。
 しばらく当てのない旅なので、ちょっと食指は動いたが、その最初のアルベルゲまでサン・ビセンテから40キロ弱ある。のんびり旅を考えている私にはちょっときつい。で海岸近くを西へ。きょうは何処へ泊るとも決めていない。
 昼ごろ、ブエルナ(Buelna)という村に来た。ここにはアルベルゲがあり、以前泊ったことがあるが、車道沿いで騒々しかった。
 今回は泊るのを避け、別にレストランもあったので、そこで昼食。また歩き出す。
 ジャネスまでは、まだ15キロはありそうな気がするので、次の村でアルベルゲがあれば泊るつもり。村に着いてみると、何となくアルベルゲがありそうな雰囲気。立ち止まってキョロキョロしていると、後ろから来たスペイン青年が「アルベルゲかい、一緒に探そう。」と声をかけてくれる。彼は何らかの予備知識があったらしく、ほどなく小さな建物(アルベルゲ)に行き着く。 
 Albergue Aves de Pasoは、中年の、スペイン人にしては背の高い落ち着いた男性がオスピタレロ。宿泊手続きをするとき、(夜間の)サッカー観戦はだめなのだがそれでいいですか、と確認された。このアルベルゲにテレビはなかったが、近くのバルに行ったり、スマホで観戦することはせず、アルベルゲやその周辺でゆっくり過ごしてもらいたいということらしい。たしかに時期的にはヨーロッパ・カップの試合で深夜歓声があがったりするし、時には花火も上がる。
 それほど宗教的な意味はなさそうだったが、巡礼者を休ませ厚遇しようという気持ちが強く感じられるアルベルゲ。夕食・朝食付きで10ユーロ+お志し。夕食はしっかりしたもので、変わっているのは衣類を洗濯するので脱ぐように言われたこと。そして、それはその日の夜だったと思うが、乾燥させて、しっかりたたまれて戻ってきた。しかもたたみ方がピシッとしていてプロ級。夕方ごろから中年の女性がアシスタントとしてきたいたので、その人の仕業かもしれない。食事作りもしていたようだが。
 ここはネットでも評判の様で、ツイッターで多くの書き込みがある。10人余しか泊れないところだが、ほぼ満員。
 翌朝はご両人(ご夫婦じゃなさそうな)のお見送りを受け出発。しばらく歩くと、キャンプ村があり海が見えはじめた。


  
      サン・ビセンテの丘の上から雪の残るピコス・デ・エウロパの峰々を見る。  

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         ペンドゥエレス(Pendueles)の村のアルベルゲへの道標 

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 ペンドゥエレス(Pendueles)の村のアルベルゲへの道標  もっとも、この二つはアルベルゲに着いてから散歩中に見つけたもの。ぼんやりしていたわけではなく、違う道を通って村へ入って来た。

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Albergue Aves de Paso 偶然泊ることになったのだがここは「北の道」でも評判のよいアルベルゲのはず。

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小さな村を散歩中、磯釣りから帰って来たおじさんが魚を捌いていたので撮影させてもらう。  上の方は日本でいうベラの一種。

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村の草地に飼われていた、これは馬 高校教師だったとき、転勤した先の学校で1年間だけ何の知識もないのに馬術部の顧問をした。もちろん町の馬術クラブには別にコーチがいた。町の馬術クラブにとっても、ギブ&テイクのシステムで、どちらも無料で「馬術練習」=クラブ側、「馬の世話」=高校側、を提供し合う。障害飛越の馬術大会に引率もしたが、全国の馬術クラブに対し、日本競馬会から馬の提供や飼料代の補助など、馬術振興策があることもはじめて知った。 

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                 村の草地に飼われていた、これは牛  

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ゴシック風の村の聖堂の扉口 とくにあちこち動き回った記憶がないので、ペンドゥエレス(Pendueles)村のものだと思う。 

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   村の聖堂の扉口・柱頭彫刻(右側)  魚と葡萄、この村にふさわしい図像。

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       村の聖堂の扉口・柱頭彫刻(左側)  魚(右側)と葡萄とその葉(?)。

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  聖堂の彫刻の葡萄が約700年前のものだとすれば、これは今現在の葡萄。葡萄は晩夏から実り始めるので、特別な品種だと思うが。  

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 村の草地で乗馬の練習をしていた少女。 この村の子ではなく、父親に車で連れて来てもらったような。細いテープ1本でサークルを作ってあるだけで、馬は周回コースを外さない。 

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          これは翌朝、歩きだして間もなく通過したキャンプ村。  

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    バンガローやコテージはなく、ほぼすべてテントのキャンプ村。  Camping La Paz か?。

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             テント村からしばらく歩くと、海岸線に到達する。  

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海岸線は、やがて何度か歩いた断崖の牧場の道へ。  旅のメモを見ると、3人のアメリカ娘たちと相前後して歩いたとあるので、写っている脚の長い上背のある女性たちがそうらしい。

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サンティジャーナからサン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラ へ

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 サンティジャーナ・デル・マルは朝から雨だった。ただ強い雨ではない。きょうはサン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラへバスで移動するだけの予定にしている。
 スペインの旅も後半、滞在もあと半月余。見たいロマネスク建築・彫刻は、サンタンデル・ブルゴスの中間地帯に二か所、レオンの東に一か所。今はオビエドまでカンタブリア海沿岸をたどろうとしている。この辺りの海岸も、機会があれば何度でも来たい場所である。
 サンティジャーナのバス停でかなりの時間バス待ちをして、昼ごろサン・ビセンテに着く。アルベルゲ(巡礼宿)は聖堂や城砦が建つ丘の上にあるのだが、行ってみると午後3時半オープン。時間があるので、丘の東斜面に立ち並ぶ旧市街のバル・レストランへ食事に行くことに。そこは昨年行っておいしかったところ。町の人もファンが多いとみえて満員状態。出ようとすると先に来ていたお客が、一人ぐらい何とかなるから居なさいと引き止める。実際何とかなって、2,3分で席に着けたのだが、店内に大声で合唱しているグループがいる。来ている客に聞いてもらおうという感じではないが、店の人もOKのようだ。   
 これは後でわかったことだが、今夜、スペイン各地からやって来た合唱団によるコンサートがあり、その練習をバルの一角でしていたということの様。
食事・ワインは今年もおいしく納得。店の名前の前に「ボデガ」とついているので、「酒蔵バル」みたいな意味なのか。
 食事後、オープンしているアルベルゲへ。ここで日本人女性のサブ・オスピタレラAさんにお会いした。昨年もお会いした同郷の方。1年間ここに居たわけではなく、巡礼者の多いシーズンに合わせて再びオスピタレラを、ということのようだ。ここの運営者は、ご自身も巡礼者で評判のよかったオスピタレロ夫妻の娘のローラさんなので、そんなやり易さもあるのでは。
 私は、Aさんやローラさんと話をし、ローラさんの娘クラウディアちゃんと遊んだりした。今夜、隣の聖堂ヌエストラ・セニョラ・ロス・アンヘルス(聖母の天使)教会で、合唱コンサートがあるというのもこのとき聞いた。聖堂はアルベルゲまで50メートル。そんなわけで、この夜はスペイン各地の合唱団の歌声を午後10時頃まで堪能。



サンティジャーナのキャンプ村コテージの朝 小雨が降っていたために人影は見えなが過半数の部屋に宿泊者は居た。 

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   サンティジャーナのサンタ・フりアナ聖堂全景 朝で小雨のためか人影は一人。

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聖堂境内から見た水場付近の風景 境内の入口には、聖女フリアナの肖像を掲げた二匹のライオンが立つ。 

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               聖堂アーケードから見る村の風景 

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  サンタ・フリアナ聖堂扉口 アーキヴォルトに彫刻はなく、扉口上部の壁面に彫刻が並ぶ。

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扉口上部・壁面中央の彫刻 ガイド本「スペインのロマネスク教会」によれば、これは創造主(唯一神)と両側横向きは聖母マリアと聖女フリアナ。

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               扉口上部・壁面の彫刻 ① 

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               扉口上部・壁面の彫刻 ② 

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      聖女フリアナの肖像を掲げたライオン  正面に向かって右

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      聖女フリアナの肖像を掲げたライオン 正面に向かって左

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   サン・ビセンテは町の東西を海へ流れ込む二つの川に挟まれている。これは西側の小さな川。  

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旧市街のバル・レストランで発声練習に励む合唱団のメンバー その様子を面白がってスマホで撮影する人

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          入り組んだレストランの狭いテラス席  

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    昼食のメイン料理  パエリア風なのだが、名前はパエリアではなかったような。

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    丘の上のアルベルゲの隣にある町の教会「聖母の天使」 扉口上の紋章と家紋 

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  正面扉口の側柱は左右に5本づつ、それぞれに立派な柱頭彫刻がある。 これは右。 

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                      側柱の柱頭彫刻 これは左 

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       側柱の柱頭彫刻 ①  左(上の画像)の内側から1番目。

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             側柱の柱頭彫刻 ②  左の内側から2番目。

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             側柱の柱頭彫刻 ③  左の内側から5番目。

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             側柱の柱頭彫刻 ④  右の内側から3番目。

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          聖堂は大きく、各所にあるドーム天井は美しい。  

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      夜の合唱コンサートは、毎年のことらしく多くの聴衆が集まった。  

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      合唱も素晴らしかったのだが、各地の合唱団の装いも見どころ。  

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サン・アンドレス聖堂の持ち送り彫刻

                                       2016年7月1日

 
 アルゴミージャのサン・アンドレス聖堂の数多くの持ち送り彫刻の中から、ここならではのオリジナリティーの高いものを選んで撮影してみた。それでも彫刻の作風としては、2キロ東にあるサンタ・マリア・デ・カヨンの持ち送り彫刻と似ている。どちらも12世紀の作。少しサン・アンドレスの方が早いようなので、アルゴミージャで仕事をした彫刻師・石工の多くが近くのサンタ・マリア・デ・カヨンでも仕事をして去ったと考えていいだろう。
 もっとも、聖堂彫刻関係の工房が、この付近に臨時的に建てられていたとすれば、ある時期アルゴミージャに運ばれ、後期のものはサンタ・マリア・デ・カヨンに運ばれた、そんな図も想像できる。
 さて、サン・アンドレス聖堂の建つ丘で撮影をしているうちに、サンタンデルへ引き返すバスの時間が近づいてきた。丘を下り2キロ強歩いてバス停に戻り、ローカルバスでサンタンデルへ。バス・ターミナルの近くに巡礼宿はあるのだが、午後5時の時刻から考えて満員であるのは確実。きょうは巡礼者風に歩いているわけではないが、私は巡礼宿のドミトリー形式の宿泊施設で十分。ベッドが確実に確保できるサンティジャーナ・デル・マルへ行くことにし、さらに40分かけてバスで移動した。
 この観光地の村は一昨日泊ったところ。そんなこともあって、バスを降りると少し郊外のキャンプ村の中の巡礼宿(アルベルゲ)へまっすぐ向かう。   
 キャンプ村の巡礼宿は、特別な施設があるわけではなく、バンガローの一部が巡礼者用になっている。そのため宿泊する巡礼者の数によって巡礼者用の部屋は増えもし減りもするという形式。
 スペインやフランスでは、オートキャンプ場の利用者は多く、ここでもそれなりの数の家族連れがいたが、巡礼宿・区画の宿泊者はアンダルシアから来た青年と私だけ。夕方、ワインを飲みながらしばらく話をした。



 サン・アンドレス聖堂の持ち送り彫刻 ①  この彫像をじっと見ていると、顔が二つ見えてくる。上の部分に二つあるのは眼なのか耳なのか。

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                      持ち送り彫刻 ②

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       持ち送り彫刻 ③ 丸い棒に跨っている?、それとも巨根願望?。

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                      持ち送り彫刻 ④ 

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                     持ち送り彫刻 ⑤ 

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 持ち送り彫刻 ⑥ 怪獣が下を見下ろしている図だが、人の下半身のようにも。そうなると、真ん中のものは?。

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                      持ち送り彫刻 ⑦

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持ち送り彫刻 ⑧ これは何だろう?。家畜を蛇のようなものが締め付けているようにも見える。

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                      持ち送り彫刻 ⑨

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 持ち送り彫刻 ⑩ この彫像の中に刻まれているものを拡大・点検した。動物ではなく植物である。

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                       持ち送り彫刻 ⑪

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                       持ち送り彫刻 ⑫ 

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 持ち送り彫刻 ⑬ この彫像の中に刻まれているのは人か動物だと思うが、その組み合わせというか図像がわからない。

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             持ち送り彫刻 ⑭ 咥えている獲物は何?。

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     持ち送り彫刻 ⑮ 双頭の怪獣なのか、人の後向きか半身なのか?。

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 付近が牧場になっているサン・アンドレス聖堂のある丘から、下の散村的なアルゴミージャの村を見る。 

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アルゴミージャのサン・アンドレス聖堂

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 サンタ・マリア・デ・カヨンの中心的集落で一つのロマネスク聖堂を見学した。だが目的のロマネスクにはまだ到達していない。
今から考えると、私は訪ねる予定のロマネスク聖堂の名前さえ知らなかったのだが、それでも村の人に道を聞いて、教えられるままに歩き出した。スペイン語がほとんど話せないのに、どうやって聞いたかは、はっきり覚えていないが、「iglesia romanico?」と言って、持参の聖堂の画像プリントを見せた気がする。
 30分、約2キロ歩くと、村(集落)に着き、ここには聖堂への道標があった。道標に沿って歩くと、村の中を通りその背後の小高い丘へ、その中腹に立派なロマネスク聖堂が建っていた。村の名はアルゴミージャ、聖堂はサン・アンドレス。
 聖堂の前にはその由来を記した案内板もあった。また、ネットに「Iglesia de San Andres de argomilla」と入力すれば、ウィキペディアの解説もある。
 聖堂は12世紀前半の創建だが、途中改造もうけている。鐘楼は後世の増設とみられる。それでも姿は美しく堂々としている。これだけのものが村の教会であるはずもなく、教会組織によって建設され、ある時期まで修道院として維持されたらしい。
 扉口は創建期のものとみられ、側柱の柱頭彫刻はなかなかの傑作である。



            アルゴミージャのサン・アンドレス聖堂  

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       少し南側から見た聖堂 増設のためか鐘楼へは外付けの階段による。 

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     聖堂の南側面 低い軒の部分は、後世の増設ではなかろうか。 

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    聖堂後部(南側から) 半円の後陣と、袖廊とも小後陣ともつかない方形の部分がある。 

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                    聖堂の北側面  

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             東側から見たサン・アンドレス聖堂 

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 聖堂扉口 この付近はポルタイユ(ポーチ)というより、鐘楼下のナルテックス(前室)になっている。 

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                 扉口右側柱の柱頭彫刻  

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 右・側柱の柱頭彫刻 ① 傑作・その1。中央の顔が失われているが、右側の彫刻はいい。 

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                   右・側柱の柱頭彫刻 ②  

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  扉口左側柱の付近 柱頭彫刻は影になっている。壁面の帯状彫刻が丁寧で美しい。

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           左・側柱の柱頭彫刻 ① 傑作・その2。  

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          左・側柱の柱頭彫刻 ② 傑作・その3。  

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            扉口の前、ナルテックス(前室)の天井部分  

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        後陣に移動して、付け柱の柱頭彫刻 ①  この彫刻もいい。

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       付け柱の柱頭彫刻 ② このような植物文様はめずらしい。 

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        南面・袖廊部分の壁にある後世の家紋彫刻 。 

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         ロマネスクではないが、これはこれの良さも。  

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アンドレス聖堂の向かい側にある昔の「騎士の家」 今は古びた農家で一階は納屋になっていた。 

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プロフィール

Author:翁岳(おきなだけ)
若い頃、1970年から数年間屋久島の山に登っていた。現在はリタイアの年金生活者。ここのところ、毎年スペインの巡礼路を歩きロマネスクを見ることを楽しみにしている。趣味:テニス、陶芸、ヨガ、素潜り。

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