グラハル・デ・カンポス

                          2016年7月17日


 
 グラハル・デ・カンポス(Grajal de Campos)という町の存在については、サン・ペドロ・デ・ラス・ドゥエニャス村の入口の案内板を見るまでは何も知らなかった。今現在グーグル・マップを見ればわかるのだが、ドゥエニャス村の約2キロ東のところに町はある。サハグンからはグラハルの方がやや遠く距離は約4キロか。グラハルには城砦があることからしても、サン・ペドロ修道院とともにサハグン南方を守る役割があったことは間違いあるまい。
 グラハル・デ・カンポスは中心部に中央広場(マヨール広場)と宮殿(市庁舎)があり、南東部に町に沿うように城砦がある。
 それなりの建物があるわりに町は小さいが、バルに入って一休み、そしてサアグンへ引き返すことに。直接北へ行く道もあるが、未練がましくサン・ペドロ修道院付属聖堂が、正午頃開くことはなかろうかと思い、来た道を引き返す。結果は×で、遠回りをしてサアグンへ。
 あと2泊してマドリードから帰国する。レオンに2泊することも考えたが、田舎町の方が性に合っているので、この日もサアグン泊に。



             グラハルの町の近くの畑にあった農機具  

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   グラハルの町の入口にあった案内板  ドゥエニャス村の入口にあったものと同じタイプ。


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          西側から町にいると向こう側に隣接する城砦が見える。  

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    町中には、南西寄りに塔をもつ礼拝堂(Ermita de la Virgen de Puertas)がある。  

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          この鐘楼は、町の中心部にあるサン・ミゲル聖堂のものである。  

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グラハルに西側から入ろうとすると、まず南西郊外にこの修道院(Convento de la Virgen dei Carmen)がある。 Virgenは英語のヴァージンの意味らしいので「聖カルメン修道院」とでもいうのだろうか。

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隣に僧房らしい建物もあるが、この居住スペースもあるらしい聖堂が主たる建築物。 ただし修道院は閉鎖されている。 

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     これは修道院を後方から撮影したもの。  例によって高い塀がめぐらされている。

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礼拝堂の塔は「物見やぐら」の役割もあったかもしれない。扉口らしいものが見えるが、あれは礼拝堂に入るためのものではなく、町中へ入るための通用門である。  

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      礼拝堂の外側は石の壁で、通用門は今でも車が通る道になっている。  

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    礼拝堂内側・通用門上のベランダの手すり。 そう古くはないと思うが、デザインが面白い。

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         マヨール広場  左側、サン・ミゲル聖堂。右側、宮殿。

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    宮殿側にあった案内板(板ではなく布製だったが) 建物は16世紀初頭のものらしい。 

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        サン・ミゲル聖堂のファザード扉口  レンガ造りは彫刻がないのがどうも。

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           サン・ミゲル聖堂・後陣軒下 レンガによるデザイン装飾 

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グラハル・デ・カンポスの城砦(16世紀前半) 方形で、10世紀からあった古い城の遺跡の上に建設。

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イタリアの建築家によるルネサンス様式の当時としては最も先進的な砲撃城。そのため、後のスペインの要塞建築にも大きな影響を与えた。  

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   砲門・銃眼らしきものが残る。スペインの城砦の歴史を調べてみるのも面白いかもしれない。 

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サン・ペドロ・デ・ラス・ドゥエニャス

                           2016年7月17日


 
 西ヨーロッパのロマネスク美術を広範囲に紹介しているホームページに『ほあぐらロマネスク』というのがある。ともかく、著者の訪ねたロマネスク建築・彫刻の数が多いので、一つ一つが詳しいというわけではないが、ずいぶん参考にさせてもらっている。その中の「サンチャゴ巡礼路地方のロマネスク」の項にサン・ペドロ・デ・ラス・ドゥエニャス村の聖ペドロ教会が紹介されている。位置はサアグンの南約3キロ。サアグンに来さえすれば、歩いて行くことができる。
 『ほあぐらロマネスク』の記事を、掻い摘んで紹介すると、聖ペドロ聖堂は12世紀末の創建で赤レンガを基調とするムデハル様式の3廊式バシリカ。「建築の外観もさることながら、ここの見どころは何といっても(堂内の)柱頭の彫刻にあるのだろう。」として、柱頭彫刻の画像が1点添えられている。
 田舎の聖堂(教会堂)は、一般にそういう傾向にあるが、平日は閉まっている。開いている可能性は日曜日の方が。
 きょうは日曜日。「見どころは堂内の柱頭彫刻」らしいので、意識して日曜日訪問にしたのだが、来てみると閉まっている。
聖ペドロ聖堂の紹介記事にはなかったが、聖堂は村の教会ではなく修道院の付属聖堂なのである。俗界とは一線を画する修道院であっても、日曜日には付属聖堂で一般の人の礼拝を受け入れたり、施設の一部を巡礼宿としているところも多いのだが、ここはそんなこともなく、ひっそりしている。修道院としては、閉鎖されているのではなく、「生きている」感じがしたが。
 いずれにしても、静かな修道院の扉口をたたいて、内部を見学させてくれるように求める度胸はなく、施設を一周しただけに終わった。
 ただ、村の入口に案内板が立てられており、それによれば、ここサン・ペドロ・デ・ラス・ドゥエニャスの東2キロのところにグラハル・デ・カンポス(Grajal de Campos)という町があり、この二つは中世のころ修道院都市サハグンの南側を守る出城のような存在であったことを示している。
修道院の内部が見れなかったこともあり、時間は十分にあるので、案内板にいう「修道院長の道」(La Ruta de los Abades)をたどってグラハル・デ・カンポスに行くことにする。
 それにしても、毎年数万の巡礼者が通過するサアグンのすぐ南に12世紀末ムデハル様式の付属聖堂をもつ修道院があったとは。私も含めほとんどの巡礼者がそのことを知らず西へ歩いて行く。グラハル・デ・カンポスの存在も含めもったいない気がする。



   サアグンの南郊外にあるVergen Peregrina 修道院  朝日の射す、この脇を通って南へ。

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       ひまわり畑も多かったが、朝は東方向に、ほぼ水平に咲いている。  

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  サン・ペドロ・デ・ラス・ドゥエニャス村の入口にあった「修道院長の道」の案内板 サアグンが小さく描かれているが、実際はこの村の10倍はある。ドゥエニャス村を紹介する楕円形の中の中央に円筒形の建物があることに注目。 

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サン・ペドロ・デ・ラス・ドゥエニャス修道院付属聖堂 実際は大きな聖堂に僧房が付属している感あり。

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     奥行きのある半円の高い後陣に小後陣、交叉部には大きな鐘楼、堂々たる造り。  

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      鐘楼上部の2連窓の支柱は石造だったので撮影してみたが、シンプルな植物文様   

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        付属聖堂正面をやや右に移動。後陣は見えなくなり、僧房が並ぶ。   

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     僧房(修道院)の中央部にある正面扉口  左右のニッチに彫像が見える。

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        彫像(左) 創建時のものではないかもしれないが、いい彫刻である。

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                          彫像(右) 

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 修道院内の庭園  修道院は高い塀がめぐらされているが、一か所通用門の鉄格子の扉から中を見ることができる。これはそこの格子にレンズを入れて撮影。

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                   修道院を取り囲む高い塀  

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 修道院の塀の外の畑の脇に直径10メートルほどの円筒の倉庫(?)があった。 村を紹介する建造物の中に、これが入っているということは中世以来のものなのだろう。

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ドゥエニャス村を出て、グラハル・デ・カンポスの町に近づいた辺りに、黄色い矢印が幾つかあった。巡礼路(カミーノ・マドリード)は、この付近を通ってサアグンへ至る、ということ。 

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   グラハル・デ・カンポスの町 街中には高い塔が見えるし、左手には城砦がある。 

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パレンシアを経てサアグン へ

                            2016年7月16日


 
 サアグン近郊の村に、今回の旅最後の見学予定地がある。スペイン全図で見るとレオンの東という云いかたもできる。もう帰国予定が近いので、真っ直ぐサアグンにバスで行ってもよかったのだが、南のパレンシアに寄り道することにした。
 午前10時ごろ、バスでパレンシアに着き、バス・ターミナルでサアグン行バスを確認すると、きょうは1本だけで、すでに出ている。(土曜日なので本数が少ない) 親切な係員とはいえなかったが、列車ならあるはずだとのことなので鉄道駅へ。
 確かに、列車はサアグン経由レオン行きが何本か。午後2時23分発の切符を買い、3時間余の行動時間を確保して、町へ。
 パレンシアに立ち寄ることにしたのは、この町の大聖堂の地下祭室(クリプト)をもう一度見ておきたかったから。
 西ゴートの遺構だとする説もある。しかし、その半円筒の構造は古そうだが、構造物そのものはよく整備され、それほど古いものには見えなかった。
 この地下祭室について、比較的詳しく紹介しているのは、ネット上のロマネスク・ガイド「ほあぐらロマネスク」だが、その著者も『古色蒼然とした空間だが、どこまで西ゴートのものかは実は判然としないのである。』『半円形の後陣も当初のものか不明らしく何ともミステリアスなクリプタである。』と述べている。
 今回再見して、この地下祭室は早くて11世紀のロマネスク期か。それ以前のものは形としてほぼ残っていないのでは。なお、ここには、7世紀の西ゴート時代、聖人アントリンの聖遺物を納めた礼拝堂が建てられた、とする記録が残っている。
 大聖堂を出て、適当に迷いながら鉄道駅へ行く途中、一部ロマネスクの残るゴシック聖堂に出会った。今調べてみると、これはサン・ミゲル聖堂で、それなりに見るべきものが。
 無事列車に乗り、隣の乗客に「次がサアグンですよ。」と教えてもらいながら降りる。泊りは、宿泊者の多いアルベルゲは避け、町の出口に近い修道院アルベルゲへ。アルベルゲで、「カミーノ・マドリード」すなわちマドリードからサアグンまで歩いて来た巡礼者に出会った。真夏の巡礼路は日影がなく暑かったようだ。
 夕方、付近を散策する。



パレンシア大聖堂・地下祭室(クリプト) 大聖堂中央付近に入口。奥の半円アーチの先が後陣らしき場所。

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    これほど大きな半円筒の地下祭室はあるようでない。だが、ロマネスク期の構造物か。

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                    大聖堂・身廊部への階段 

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 大聖堂のステンド・グラス。レトロ・モダンといったところ。  2011年の年号入り。これがまた100年・200年と残って行くのだろう。

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大聖堂・回廊のコーナーにあったローマ期の支柱。 パレンシアはケルティべリア人の遺物をはじめ、各時代の主役の遺物・建造物を見ることができる。

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                 パレンシア大聖堂・後陣付近 

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 パレンシア:サン・ミゲル聖堂・後陣付近 サン・ミゲルを訪ねようとしていたわけではなく、偶然、この後陣付近に行き着いた。

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    正面にまわってみると、後陣付近に見られたロマネスク色はなく、ゴシックの聖堂である。

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         ファザード扉口のアーキヴォルト彫刻は半分以上剥落している。 

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  残っているアーキヴォルト彫刻も頭部が欠けているものが多いが、独特の造形美・様式美をもっている。

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 サン・ミゲル聖堂 アーキヴォルト彫刻 ①  現代のアブストラクト彫刻に似た要素も。

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           サン・ミゲル聖堂 アーキヴォルト彫刻 ②

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            サン・ミゲル聖堂 アーキヴォルト彫刻 ③ 

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       ここからはサアグン 巡礼者に宿も提供するサンタ・クルス修道院の廊下

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     一緒に泊った「カミーノ・マドリード」を歩いて来た巡礼者が持っていたガイド本 

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                  サアグン:サン・ベニート門(廃墟の一部)  

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        サン・ベニート門の上に立つ彫像(2体のうちの1体) 

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           レアル・デ・サン・ベニート修道院の廃墟 ① 

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 レアル・デ・サン・ベニート修道院の廃墟 ② 町中にあるので栄枯盛衰を感じさせる場所である。 

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      レアル・デ・サン・ベニート修道院の廃墟から見るサン・ロレンソ聖堂 

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    修復なったサン・ティルソ聖堂以前は倒壊を防ぐつっかい棒がしてあった。 

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 サン・ティルソ前のセマナ・サンタ(聖週間)の行列像  以前はなかった。この町でもサモラ同様セマナ・サンタの行事が盛ん(だった?)ということか。

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 サン・ティルソの石板  レプリカかもしれないが、刻まれた不思議な文様は中世のものだと思う。

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カリオン:サンティアゴ聖堂・ファザード彫刻

                                 2016年7月15日

 
 フロミスタもカリオンも今では小さな町である。それでもカリオン・デ・ロス・コンデスの方が少し大きいか。 サンティアゴ聖堂は小さな町の巡礼路沿いにあるのですぐ見つかる。一応、聖堂(教会堂)ではあるが、創建期以来の聖堂は、19世紀に火事で焼け落ちている。焼け落ちるといってもそれは屋根などで、分厚い石で造られた外壁はそのまま残ったようだ。その外壁の入り口外側にあったファザード彫刻もそのまま残った、ということらしい。
 再建は、修復という形はとらなかったようで、上の屋根を見ると近代建築、内部は美術館になっている。それでも外側に面したファザード彫刻が残ったのは意義深いことで、『ここでの見どころは正面アーチとその上部にある、スペイン・ロマネスク彫刻の最高傑作の一つと見なされる作品である。』(ガイド本「スペインのロマネスク教会」)
 具体的には、扉口上のギャラリーに並ぶエヴァンゲリスト(4福音書記者)に囲まれたキリスト像とアーキヴォルトの職人図譜、12世紀末ごろの作。とくにタンパン彫刻は「初期ゴシック」に分類される傾向をもつが傑作であることは間違いない。
 キリスト像とアーキヴォルトの彫刻は似ていないこともないが、両者は制作の時代も主たる工匠も少し差がある気がする。どちらも佳作で、ここの扉口に立つだけで訪れる意味はある町である。私は、例によって再度訪れ再撮影しているわけだが。



     「栄光のキリスト」像と4福音書記者(エヴァンゲリスト)  タムロンレンズで撮影
 
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              「栄光のキリスト」像 オリンパスレンズで撮影 

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                扉口側柱の柱頭彫刻 ① 

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                 扉口側柱の柱頭彫刻 ②

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                  扉口側柱の柱頭彫刻 ③ 

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              扉口側柱の柱頭彫刻 ④ ③の左面

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                   扉口側柱の柱頭彫刻 ⑤ 

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                    扉口側柱の柱頭彫刻 ⑥ 

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                 扉口・壁面の帯状彫刻の一部  

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  アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ① このような図譜が教会堂の扉口に掲げられたことは、イベリア半島のキリスト教世界に職人層が形成され始めたことを意味するが、この「泣き女」のような人の職業は?。

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 アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ② これは兵士が戦っているように見えるが、それとも「盾職人」がテスト中。

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  アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ③ 以下、職業の特定は私の知識では難しい。この職業ではないかという、推定はできるが、いい加減なことは言わないでおこう。

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           アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ④ 

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            アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ⑤

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            アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ⑥

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            アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ⑦

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            アーキヴォルト「職人図譜」彫刻 ⑧

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         街で見かけたイタリアの中級車ランチアのフロント・エンブレム  
              
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フロミスタからカリオンへ

                                2016年7月15日


 
 きょうはフロミスタからカリオン・デ・ロス・コンデスまでの約20キロを歩いた。サンティアゴ巡礼路のメイン・ルート「フランス人の道」なので巡礼者も多い。前後に巡礼者の人影を見ながら歩くのは久しぶり、何か賑やかである。
 カリオンまで約6キロのビジャカサル・デ・シルガで一休み。小さな村だが、騎士団が創建した大きなゴシック聖堂がある。聖堂内部は美術館にもなっており見学することもできるが、立ち寄る巡礼者は少ない。私も今回は中には入らなかった。
 やがて、カリオンへ。町中には女子修道院が運営する大きなアルベルゲがあるのだが、私は前回も泊った少し町外れにあるサンタ・クララ修道院のアルベルゲへ。サンタ・クララも女子修道院である。13世紀創建以来の姿を残し、一部屋に泊める人数も少ない静かな雰囲気。
 この町のロマネスクとしては、サンティアゴ聖堂のファザード彫刻が有名だが、それは別の記事で。ここでは町の入口にあるサンタ・マリア・デル・カミーノ聖堂の彫刻を。サンタ・マリアはカリオンの町の現役の教会堂でもあり、その彫刻もおそらく12・13世紀のものだが、少し雑然としたところがあり注目する人は少ない。サンティアゴ聖堂のファザード彫刻がいいのは事実だが、比較されてかわいそうなところがある。
 夜にはサンタ・マリア聖堂で行われたギターとフルートのミニ・コンサートを聴きに行った。聖堂前に、この夜コンサートある旨の案内があったためだが、同じコンサートは一昨日フロミスタのサン・マルティン聖堂でも行われた。サン・マルティンでも小さな立看板のコンサート案内があったのだが、それを見逃してしまい、夜散歩に出たとき調べに魅かれて入ったときは、もう最後のアンコールのときだった。その同じコンサートが2日後今度はカリオンで行われていた、というわけである。  
 夏の間、この教会コンサートは、北スペインを巡回していたようなので、他に聴いた人もおられるかもしれない。



      フロミスタからの巡礼路  後ろには巡礼者がいたが前にはいなかった。

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     ビジャカサル・デ・シルガのサンティアゴ像 (座像はめずらしい) 

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 ビジャカサル・デ・シルガの巨大なサンタ・マリア・ラ・ブランカ聖堂 一段高いところにある。要塞も兼ねていたようだ。

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  サンタ・マリア・ラ・ブランカ聖堂 大きなポーチ(ポルタイユ)と彫刻群をもつが、出来が今一つなので注目されない。

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 サンタ・マリア聖堂アーキヴォルト彫刻 それでも、この彫刻などは可憐な味わいがある。

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 ここからはカリオン・デ・ロス・コンデス。巡礼路を外れて少し南へ行くと、アルベルゲを付設したサンタ・クララ修道院がある。 

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       サンタ・クララ修道院内庭 宿泊する巡礼者たちが休んでいる。

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   内庭の一角に興味をそそる鉄の彫刻が置かれている。 顔はちょっと不気味だが。

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            もう一人は女性か。火をおこしているように見える。 

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       カリオンの町の入口にあるサンタ・マリア・デル・カミーノ聖堂

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            町の中(西寄り)から見たサンタ・マリア聖堂

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カリオンのサンタ・マリア聖堂ポーチ内(扉口上部)の彫刻 ① ロマネスクとしての魅力をもつものも少なからずある。

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         カリオンのサンタ・マリア聖堂ポーチ内(扉口上部)の彫刻 ②

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 サンタ・マリア聖堂・西外壁の彫刻 本来持ち送り彫刻だが、その役割を果たしていないので後で取り付けられたもの。秀逸、こんなものにはレプリカが多いのだがこれは違うと思う。

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           同じく聖堂の側にあった日時計 かなり正確

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 ベンチとギター サンタ・マリア聖堂の西側の公園で。もちろん演出はない。ギターの持ち主が傍にはいなかったような。

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       ロマネスク彫刻の傑作としてして知られるサンティアゴ聖堂・ファザード彫刻

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        夜のサンタ・マリア聖堂のギターとフルートのミニ・コンサート 

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ギタリストの方が主役でソロ演奏もあった。 フルーティストの衣装はフロミスタでは黒っぽかった。

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プロフィール

翁岳(おきなだけ)

Author:翁岳(おきなだけ)
若い頃、1970年から数年間屋久島の山に登っていた。現在はリタイアの年金生活者。ここのところ、毎年スペインの巡礼路を歩きロマネスクを見ることを楽しみにしている。趣味:テニス、陶芸、ヨガ、素潜り。

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